「愛が増えていくということ ~ペットとの別れのあとに、新しい命を迎えること~」

めぐみの想い

執筆者: 宮下めぐみ

公開日:

愛が増えていくということ
~ペットとの別れのあとに、新しい命を迎えること~

理事長  宮下めぐみ獣医師

ペットが亡くなったあと、しばらくして新しい子を迎える飼い主さんは少なくありません。

私の病院には保護どうぶつたちもいるため、長く通院してくださっていた飼い主さんが、愛する子を見送ったあと、再び病院を訪れ、そこで出会った子を新しい家族として迎えてくださることがあります。

そんな時、私はとても嬉しく思います。

前の子が亡くなる間際まで一生懸命通院し、治療について悩み、何度も相談しながら最後まで我が子に寄り添っていた飼い主さん。

その姿を知っているからこそ、

「この子も、きっと幸せにしてもらえる」

そう思えるからです。

ただ、愛する動物を亡くしてから、次の子を迎えられるようになるまでの時間は、本当に人それぞれです。

家の中が急に静かになってしまったことに耐えられず、数日後には新しい子を迎える方もいます。

一方で、前の子の死をなかなか受け入れることができず、「もう二度と動物とは暮らせない」と思い、何年もの時間を必要とする方もいます。

どちらが正しいということはありません。
悲しみ方にも、立ち直り方にも、決まった時間はないからです。

亡くなった後にその子のことを思い出したり、写真に話しかけたり、その子から教えてもらったことを大切にしたり。
姿は見えなくなっても、関係の形を変えながら心の中に生き続ける。

そうした「絆の持ち方」が、悲しみとともに生きていく助けになることもあります。

だから私は、新しい子を迎えることも、前の子との絆を断ち切ることだとは思いません。
むしろ、「あの子と暮らした日々が、とても幸せだったから、もう一度動物と暮らしたいと思えた」ということなのだと思います。

中には、亡くなった子の生まれ変わりを探している方もいます。

「あの子が亡くなったあとに生まれた子がいい」

「同じ毛色の子がいい」

「なんとなく、この子の目があの子に似ている」

そんな理由で新しい家族との出会いを決める方もいらっしゃいます。

一方で、まったく違う毛色、違う性格の子を選ぶ方もいます。

どちらでもいいのだと思います。

新しい子は、亡くなった子の代わりではありません。
そして、亡くなった子の場所を、新しい子が奪うわけでもありません。

心というものは不思議なもので、一つの大切な存在を忘れなければ、次の存在を愛せないわけではないからです。

前の子には前の子の場所があり、新しい子には新しい子の場所ができていく。

愛情は「入れ替わる」のではなく、少しずつ増えていくものなのかもしれません。

「動物を飼わない理由」として、

「いつか死んでしまうのを見るのがつらい」

「別れがかわいそうだから」

という言葉を聞くことがあります。

その気持ちも、とてもよくわかります。

人であっても動物であっても、大切な存在との死別は本当につらいものです。
できることなら、その苦しみを経験したくないと思うのは自然なことでしょう。

けれど私は、獣医師としてたくさんの動物とご家族の最後を見てきて、時々こう思います。

これほど悲しいのは、それほど愛していたからなのではないか。

そして、
自分がこんなにも誰かを愛することができたと知ることも、人生の大切な経験なのではないか。

動物たちは、人よりずっと短い時間を生きます。
だから多くの場合、私たちはいつか彼らを見送ることになります。

それでも一緒に暮らした十年、十五年という時間の中には、数えきれないほどの笑顔や、ぬくもりや、幸せがあります。

そんな時間が積み重なったからこそ、別れは悲しい。

でも、その悲しみまで含めて、

「この子と出会えてよかった」

といつか思える日が来るのではないでしょうか。

そしてもし、その先にもう一度、

「動物と暮らしたい」

と思える日が来たなら。

それは前の子を忘れた日ではありません。

前の子からもらった幸せが、もう一つの命へとつながった日なのだと、私は思います。

著者について

宮下めぐみ

宮下めぐみ

麻布大学 獣医学部卒業  一般財団法人a-hands 代表理事 株式会社m-hands 代表取締役 東京都獣医師会 理事 ヤマザキ動物看護大学 非常勤講師 キャリアコンサルタント 「どうぶつとその周りの人を幸せにする」を信条とし、西東京市のエルザどうぶつ福祉病院の院長として診療を行う傍ら保護どうぶつの保護譲渡活動や獣医師会の社会的活動に従事している。自身でもチワワのクレア、保護ネコのリム、スイをかわいがっている。
random wan nyan frame ふみ(写真:右下)
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