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人馴れしていないどうぶつへのアプローチ
獣医師:箱崎 加奈子
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【はじめに:このテーマを書こうと思ったきっかけ】
最近、「人馴れしない猫は、最終的に病院の猫になるのが一般的なんですか?」と、ある方から質問を受けました。
確かに、人馴れしないままでは譲渡は難しく、保護元で長期的に過ごす現実があります。
けれど、それを繰り返していくと、保護元は“譲渡できなかったどうぶつたち”でいっぱいになってしまう。
私自身、この問題に直面し、今も譲渡を諦めかけた猫との苦い経験を抱えています。
今回はその実体験を交えながら、「人馴れしていないどうぶつ」と向き合う難しさと、そこから見えてきた学びをお伝えしたいと思います。
【私の失敗から学んだこと】
ある年、廃業したブリーダーから引き取ったアメリカンショートヘアーがいました。
保護して6年が経った今も、その子には自由に触れることができません。
移動や治療のたびに激しく抵抗され、何度も病院送りになるほど酷く噛まれました。
今は自宅で“家庭内野良”として自由に暮らしていますが、譲渡は難しい状況が続いています。
このような結果になったのは、私が「この子は馴れない」と諦めと同時に「窮屈なケージでの生活よりもおもちゃで一緒に遊んだりした方が仲良くなれるのでは」と自宅でフリー管理に切り替えてしまったことが大きな原因です。
もしかしたら、5年前にもう少し粘り強く向き合っていたら、今とは違う未来があったかもしれません。
それでも最近になって、ケージに追い込めばネットに入れられるようになり、譲渡会にも参加できるまでにはなりました。
この変化に小さな希望を感じつつ、今も諦めず少しずつ距離を縮める努力を続けています。
【院内保護の限界と環境の工夫】
人馴れを進めるには、人とどうぶつが密に関わる時間が欠かせません。
しかし、病院ではその時間を十分に確保することが難しいのが現実です。
自宅での一時預かりや、時間的に余裕のあるボランティアさんの協力は、とても大きな力になります。
自宅保護に切り替えるか、個人ボランティアさんの協力によって、人馴れしにくかった子たちが新しい家族と出会うことができた経験があります。
【失敗談①:環境設定の失敗】
人馴れしていない猫を入院犬舎に入れたところ、トイレの掃除も餌皿の入れ替えもできなくなってしまいました。
このとき教えてもらったのは、入院犬舎のように一方向しか開いていない空間は適さず、四方から見える適度に狭いケージで管理する方が効果的だということです。
【失敗談②:ケージ環境の失敗】
次は四方から見える組み立てのケージに入れたものの、扉を開けると大暴れし、攻撃され、猫が飛び出しそうで手も入れられず…。
トイレはひっくり返され、猫砂の海の中で数日間、どうすることもできずに過ごさせてしまいました。
このとき、経験豊富な方に「猫に触れずにネットに入れる方法」を教えていただき、ようやく管理できるようになりました。
この経験を通して、適切な環境設定と知識の大切さと慣れない猫の扱いを身をもって学びました。
【人馴れへのアプローチはケースバイケース】
人馴れの方法には“これが正解”というものはありません。
自分の経験や、院内の限られたリソースだけで考えず、広い視野を持つことが大切です。
時には、経験豊富なボランティアさんや、保護活動に長く関わってきた獣医師のアドバイスを受けることが、状況を大きく変えるきっかけになります。
「こうしなければならない」と思い込みすぎず、どうぶつ一頭一頭の個性に合わせた柔軟な対応が求められます。
【保護・譲渡活動における心構え】
保護時に、性格や人馴れ具合を正確に把握することは難しいものです。
だからこそ、こうしたケースも「想定内」として受け止める心構えと覚悟が必要です。
一方で、リスク回避のために「人馴れしていない猫は保護しない」という判断も現実的な選択肢の一つです。
私自身は、待合室に置いたケージも使って猫を保護をしていますが、たくさんの猫を抱える保護団体さんに協力してもらい、人通りの多い場所や目の前で犬が吠えても平気な性格の子、感染症リスクの少ない子を選んで連れてきてもらうなど、できる限りの工夫をしています。
待合室猫ちゃんは診察待ちの飼い主さんに愛嬌を振りまき、いつも人気者。
譲渡が決まると、嬉しさを分かち合うことが出来ています。
【まとめ】
人馴れしていないどうぶつとの向き合い方に、正解はありません。
それでも、諦めずに関わり続けることで、少しずつ見えてくる変化もあります。
私自身は過去に諦めてしまったことへの後悔を胸に、今もできることを続けています。
保護する側も「完璧な結果」を求めすぎず、焦らず向き合うことが、どうぶつたちの未来を広げる一歩になるのだと実感しています。
この経験が、現場で同じように悩みながら向き合う方々の、一つの参考になれば幸いです。
